地平線と山が重なりあう日

インド日誌6「11/18タージマハルとオナラ芸で稼ぐ男

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ホライズンインド6日目、実質、自由に1日動ける最終日、朝方7時頃アーグラーに到着して、伴瀬と、ふたりでホテルに荷物を置いて、出発することにした。僕は、すっかりお金を使ってしまったので、あと、1000ルピー(2000円)しかなかい。伴瀬が持っている、なけなしの1000ルピーを僕 の日本円の2000円と両替してもらってから、2000ルピーになった。ガイドと車は頼まずに、歩いてタージマハルに向かうことにした。歩いて、約4キロくらいだろう。なんとなく道を確認して、今いる場所を確かめる。図書館で借りてきた「地球の歩き方インド」は少々やつれててきたが、本当に持ってきてよかった。さて、大通りに出た。アーグラーは、インドの建築物で有名なタージマハルがあるのと、その他、諸々くらいなので、とにかくタージマハルに行って、次どうするか考えようと、歩みを進めた。交通量が多く、バラナシよりも煙っている。街に近い分だけ煙っているのだろうか?大通りをひたすら東の方に歩いて行くと、大通りはもう歩きたくなくなったので、伴瀬に「この路地から行こう。なんとかなるでしょ」と提案すると、「しょーがねーな」と路地からの道を、うねうね歩く。そこの町並みは、青や、ピンク、黄色がとてもきれいで、全体が映画のような町並みであった。僕は、この光と、光に照らされた色に触発されて、写真を撮りながら歩く。とても美しい光景。この湿度と、温度と、光の照らされ方がとても心地よい。写っているのは、インドの人だけであり、町並みはとても美しい。何を撮っても余計なものはない。トリミングしなくてよい景色が続き、テンションが上がってくる。ここの写真の中に、僕たち日本人がいたら、ちょっと興ざめだなという空気の中だったと思う。インド人はインドで自然である。なんだろうか?僕たちの着ているものよりも、もっとシンプルで見ていて嫌じゃない。どんなボロを着ていても、「だせーな」とか思わない。「うーん。色合いがないな」とか、「センスがないな」という感じがしない。外から見て、物珍しいだけだろうか?そういう判断に欠けているのだろうか。とはいえ、素朴で、何を着ていても絵になると感じた。とにかく余計なもの、バイクにしても、人々が持っている道具にしても洗濯物にしても、どの色合いも自然に人間が(背伸びしないで)生きているという感じなのだ。ゴミも、ちょこちょこあるが、気にならない。それも自然のように感じる。不思議だが、古い町並みなのか、牛などの動物が、普通に歩いているからか、何か知らないが、自然である。写真的にはとても美しい。(絵の場合は、自由にトリミングできて、汚いとかんじるものは排除できるから、どこの場所でも美しく完成します)さてさて、そんな美しい場所を歩いて行くと、子供たちが寄ってくる。今日は、笑顔でいようと、どんな若者にも、老人にも、笑顔で対応した。「気分良く」というテーマを持って、自然に付き合おうと思ったのだ。もう、格好つけても、お金の交渉をしても、しょうがない。(どうせお金もないし)自由にやろうと思った。街を見ながら歩く。タージマハルももうすぐ着きそうなきがする。クネクネ、大体こっちの方だろうという意識を持って歩く。そうして歩くこと何分か、「タージマハルのサウスゲートまであと500メートル」という看板を見つける。道はあっていた。その前に良さそうなところがあれば腹ごしらえしようということで、街を歩くと、かなりたどたどしい日本語で書いてある店を発見。僕ひとりだったら、そういうところに入らないのだが、伴瀬が「ちょっとテンプラとか牛丼とか食べてみようかね」というので、面白半分で入ってみることにした。もちろん、バラックの小さな食堂で、(何故か調理場がない)おじさんが「入ってきな」と(もちろん英語で)言った。メニューを見たが高級店でもないので、安い。2階のテラス席に通されて、伴瀬は「親子丼ください」と言った。日本の親子丼と比べてみたかったのだろう。そうすると、店主のおじさんが「親子丼うまない」と呪文のような日本語で言うので、「え?」という顔をすると、「焼肉定食チョーうまいよ」と怪しげな覚えたての日本語でいう。怪しげな日本語だが、街の定食屋のおっちゃんなので、気にならない。「じゃ、焼肉定食を」と伴瀬は頼んだ。僕は、チーズのカレー風味なものと、ミックスフライドライスを頼んだ。「スパイシーにするか?」と聞かれたので、「スパイシーで」とお願いした。程なくして、日本からきた(であろう)おばさんも、10席くらいしかない店の一角に離れて座ったので、「もしよろしければこちらはどうですか?」と同席することを提案した。おばさんはうちの母くらいで「じゃ、行こうかな」と3人相席になった。どうやらおばさんも「焼肉定食」を勧められて、それにしたらしい。おばさんといろいろ話した。❶インドに入って、ジャイプール、なんとか砂漠、バラナシ、なんとか、なんとか、という街を歩いて、ネパールかカトマンズに行くと言っていた。計2ヶ月インド周りの旅❷年末には実家のある広島に帰るそうだ。僕らと同じくらいの若者の息子がいる。仕事していた時は、休みなんてとれなかった。あなたたちよく休めるわね。砂漠はいいわよ。❸今日、アグラについたのよ。私はさっきタージマハルに行ってきたわ。そうこれがチケット。750ルピー。大きくて綺麗だったわよ。ただ、電子機器とか、タバコとかは持って入れないのでどこか門のちかくにある土産物屋さんにでも預かってもらえば?あ。この店でいいか。ご飯食べ終わったら、この店に置いておけば?わたし?わたしはこれから、アグラ城に行くのよ。リキシャーと交渉するのめんどくさいから、歩いていこうかしら。そうもう入って1ヶ月くらい。❹インドは2ヶ月でも足りないわ。ぼったくり?大体相場がわかってきたから、騙されることはないわね。向こうが言ってきたら「ははは?」って首を傾げて笑うと向こうも「あちゃー」って顔になるわね。❺昔(10年前)は、タージマハルも、子供たちが「バクシーシ」「バクシーシ」とたくさん寄ってきたけど、タージ(マハル)もセキュリティーが厳しくなったからか、そういう子はいなくなったわね。街中にもあまり物乞いしてくる子供達はいないわね。❻今日のゲストハウスの料理は美味しくなかったわ。わたし、大体300ルピーのゲストハウスに泊まっているのよ・・・・なんて話していると、最初に頼んでおいた薄いチャイがなくなった。そしてようやく頼んだものが出てきた。定食屋の息子であろう子供が、焼肉定食と呼ばれている何かを運んできた。130ルピーの焼肉定食は、半分ご飯、半分炒めたたまねぎ、ピーマン、人参、マトンの肉、キャベツという感じで、少し甘めの野菜炒めであった。伴瀬は、「これ、優しい味するな」といってばくばく食べていた。僕の料理も程なくしてやってきて、食べたが、なかなか味付けが濃かった。まあ、うまいといえばうまいのだが、大味という感じで、かなり濃い味付けであった。「あんまり、スパイスの効いたもの食べると、胃がびっくりして、お腹こわすわよ」とおばさんに言われたのもあって、3分の1、伴瀬に食べてもらう。腹ごしらえも終わって、おばさんとも別れて、タージマハールを目指した。歩くと、道中で子供が寄ってきて、「安い。10ルピー。見るだけ見て。タージマハル見たら、そのあと、僕の店来て。約束だよ。来てね。」と催促してきたが、「あー」とか、「うー」とか、ごまかして、入場ゲートで入場チケットを買う。750ルピー。インドで、観光するには、なかなか高い。なおかつ僕は2000ルピーしかない。ま。なんとかなるだろう。入場時に、カバンの中を、全部開けられて、持って入ってはいけないものはないか確認され、(おばちゃんに聞いていたので、定食屋に預けてきてよかった)簡単なボディーチェックを終え、入場する。観光客で賑わっている。大きな門の向こうに、たまねぎ頭の、建物が見える。昨日電車の中で、一尊と伴瀬と予習しておいてよかった。白い建物は、門の向こうに見え、歩けば、全体像が見えて、その大きさに感動した。。「一人のお妃さまのお墓でしょ。大きいな。繁栄したかもしれないけど、バカだな。大きすぎるな。すごいな」と言いながら見た。観光客だらけで、ちょっと嫌だったが、この大きさは、美術品としても、迫力があり、なおかつ、歴史があり、哀れでもあるので親近感が持てた。途中から裸足で入らなければいけないところがあったので、裸足になって白い大理石の上を歩いた。なかなか12時近くで日差しが貧しかったが、聖なるお墓に入るのに裸足になるのはいいな、、と思った。とにかくごった返している。バラナシが、喧騒ということばのごった返しならば、ここは、観光客が、道をつっかえていて、混んでいるという感じで、言ってみれば日本でもある光景(京都や奈良や、とにかく有名スポット)だったので、それは余計なことだと思ったが、あまりにもタージマハルが大きいのと、4方どこから見ても、同じ形というこのヘンテコリンさに感動を覚えた。伴瀬は「阿呆だよな。本当に金持ちって暴力的だよな。黒岡と似てるな。これ、誰もついてこないでしょう。阿呆なことやるの。ほら、あれ見てみな。川の向こうにある、黒い大理石で作ろうとした、王様(自分)のお墓。建築途中で、悲しいよな。自分のお墓は完成せずに息子に幽閉されて、、いや、いや、黒岡が権力持ったら、こうなるで。というか黒岡権力持たなくてよかったわ」と阿呆な話をしながら列をすすめて、くるくる回りながら中に入る。不思議な要塞のようで、このアラブな感じが、ファミコンのマイティボンジャックを思い出させた。マイティボンジャックの、夢のような背景は絶対に、タージマハルがあったに違いない。この国は、夢とか死後の世界とかとつながっていて、不思議な階段が用意されているというような発想にすぐにいった。そうこうしているうちにお妃さまのと棺があって、「この人一人のために、すごいなあ」とふと思った。そこからはバババと出て、あ。その前に入り口で倉林と一尊とあった。別々で行動していたはずなのに、「ここで会えるとは。世間は狭いのー」とか言いながら、4人の写真を撮ってもらうために、金持ちそうなインドのお父さんに、カメラを渡して、写真を撮ってもらった。写真を撮ってもらってると、「うちの息子と一緒に撮ってください」とどんどん出てきて、何人とも、インドの人たちと写真を撮った。「ホライズンもインドで人気なんだね」と冗談を言いながら、車でまわって別でいろんなところを見ている倉林と、一尊と別れた。さて、タージマハルを後にして、伴瀬と、アグラ城まで歩く。タージマハルから多分4キロくらい。リキシャーの人が話しかけてきたが「僕らマラソンマンですから、歩いたり、走ったりしたいので、いいです。ノーセンキューです」と伝えて、ひたすら歩いた。アグーラーの人は、悪い人が多いとか聞いていたが、バラナシよりも全然えげつないことなくて、「いいっす」というと「あ。そうですか」とわりかし諦めて帰った。ちゃんと「マラソン」をしている人なんだ。と「歩くことが好きなんです」ということを伝えると、ちゃんとわかってくれる。やはり、物事は、ちゃんと伝えなければならない。そうこうしているうちにアグラ城が見えてきて、到着した。途中公園を通って、ラクダをみたり、アイスをたべたり、高校生が親父に頼まれてやってるような出店で、チャイを飲んだり、このスピードで、いろいろ見て歩くのは楽しい。気になったものがあれば、すぐに止まって見たり、写真を撮りに行ったりとなかなか楽しいのだ。で、アグラ城に着いた。アグラ城の外堀を歩いていると、ヒンドゥー語で、何か書いてあったので、僕がそれを無理矢理翻訳したりした。そもそも伴瀬と二人であるくのは、この旅で今日が初めてだ。犬と、猿と、鳩がいた。井戸を掘っている6人組くらいのおっさんもいた。アグラ城はまさしく大きな大きな要塞で、やはりこちらも大きさにびっくりした。建物自体はかなり美しいと思ったが、いろんな観光客でごったがえしていて、写真はいいものが撮れなかった。やはり観光地は観光客が多くて、そっちの騒音が気になって、雑多なものが多すぎて集中できない。僕は、建物の美しさも見たいには見たいが、それよりも人間がどんなことを考えていて、どういう人の集まりなのか知りたいのだ。アグラ城は、それでも美しかったので、来て良かったと思う。アグラ城をあとにして、2時30分くらいだったので、ポストオフィスを目指して、大切な家族に手紙を出したいと思った。テクテクと、、バイク屋が立ち並んでいるストリートや、初めてインドで見た子供用のおもちゃが置いてある雑貨屋や、路上で果物や野菜を売っている店、服屋さん、ベルトを100ルピー~300ルピーで売っている店を通り抜けて、ポストオフィスにきた。アグラの大きな唯一の郵便局だとおもうが、かなり綺麗だった。建物が、赤と白に塗り分けられていて、とても美しい。郵便局は美しいのである。若者と話をして、郵便の窓口に行くと、ポストカードがないと、エアーメールは出せないと言われた。僕たちは、ポストカードを持っていなかったので、なんとかしようとしたけれども、あと10分で郵便局が閉まるというので結局出せなかった。こんなことなら、タージマハルの土産物屋で、ポストカードを買っておけばよかったな。しょうがないから、郵便局の目の前で、寸劇をした。さて。そこから宿に向かう。宿に向かう途中に「pinch of spice」という店があるから、そこまで歩いて、お腹を空かせようマラソンマンということで、歩いた。歩いていると、リキシャーの人が「二人で40ルピーでどうですか?」と言われ、「いや、僕たちは歩くのが好きなので、歩くよ。またね」と言って乗らない意思を伝えたのだが、「20ルピー」「10ルピー」とだんだん下がっていった。「この人は、どこまで落とすんだろう」と思っていたが、さすがに10ルピーでかなり真剣な面持ち。ということで、10ルピーで伴瀬と二人で乗ることにした。別に法外な値段を言われても、経験としていいや。という思いで、、、降りる時、いくらを請求するんだろう、、どんなこと言うんだろうと期待しながら、リキシャーに乗った。「10ルピーがフィニッシュん時は、必ず言ってくださいよ。ぼくら10ルピーしか払いませんから」と意地悪をいったが、若者は、「大丈夫です。OKです」といった。若者の名前は、「ラビン」で30歳、子供が二人いるそうだ。自転車をこぐ時、ひとつも嫌な顔をしない。にこやかな青年。いや、オッサンか。笑顔で、「日本のこと」「僕らのこと」を聞いてくる。伴瀬と「10ルピーの仕事はとっくに終わっているよな」と言いながら、「ものの価値ってわからなくなるよね」と話しあった。たしかに、先ほど、合計1000ルピーの見学料を払ってきたところだ。若者は笑顔で、「10ルピー」でどこまでも自転車をこいでくれる。「俺、自転車好きだから、こんだけ一生懸命やっている人に10ルピーだけしか渡せないって、、できないわ」と話す。途中、サービスなのか、「kuroも漕いでみるか?」と言われ、結局またぼくが漕ぐことに。これはサービスの一環だが、全然悪い気がしない。純粋に楽しませようとしているだけだ。下心がないというか、、ラビンの心の綺麗さと、ラビンが二人の子供と、奥さんの生活を、この立派な仕事でやっていることを思うと、ぼくのような人間が「いくら払えるんだろう?」と思ったりした。本当にお金の価値がよくわからなくなってきた。結局途中で、「いいよ。僕らここから歩いて行くよ」と自分たちからフィニッシュにしたが、ラビンは笑顔だった。最高の笑顔だった。日本でいうと、mixを手伝ってくれた阿部くんのインド人バージョンだったので、なおのこと親近感が湧いた。伴瀬が10ルピー払い、「約束は10ルピーだったね」と意地悪をすると、ラビンが笑顔のまま、マジっすかという顔をしたので、すかさず、ぼくが、後から、20ルピー払ったら、満面の笑みになった。30ルピー、日本円にして60円。こんなことをいうとおこがましいが、お金と、満足度はうまく比例できていない。もっと払えばよかったと思ったが、、、、僕にも、僕たちにもお金がない。ラビンと別れて、程なくして、「pinch of spice」が見えてきたら、高級店らしく、入った瞬間に名前を書いて、予約の確認をした。中には、金をもってそうな欧米人ばかりだった。さっきのラビンを思うと、何か、こんなことをしている自分の立ち位置がよくわからなくなった。食べるものは食べる。よくよく考えたら、300ルピーしかなかったが、伴瀬がお金を持っていると思って、モヒート175ルピーとフィトチーネ275ルピーを頼んだ。伴瀬はレモンチキンと、ナンと、水を頼んだ。僕らは「これ、冷凍食品の唐揚げのすごいおいしいやつだわ」とか言いながら、(もちろん日本で食べる美味しいパスタ屋、もしくは家でつくってもらうフィットチーネの方がうまい)パスタと中華料理とナンを食べた。モヒートは最高に美味しかった。自由にできる最後の日だったこともあって、「ここは、カードが使えるか?」と聞いたら、「使える」といわれたので、「伴瀬、もう一品この高級料理屋で、カレーを食べるぞ」と言って、カレーを注文した。緑のカレーと、ナンが出てきて、美味しかったが、カレーを食べる前にもう腹一杯だった。ラーメン二郎の大豚を思い出し、なんとか二人で食べた。チェックをすると1750ルピーだった。タックスがたくさん入っていた。酒をほとんど飲んでないのに、「たけー」と思った。ここまで、そそくさ今日は倹約していたのに、ここで一気に金を遣うという、、、愚かさなのか、贅沢なのか。ふと先ほど、全力で漕いでくれたラビンを思い出した。腹一杯のお腹をささえて、途中、路地で売っている、高円寺にある古着屋マーケットにより、ちょこっと服を買ってしまい、金がほとんどなくなる。ホテルの前の、チャイ屋さんが、まだやっていたので、チャイを飲んで20歳の若者と、なんやかんや話をする。20歳の若者の方が、僕らよりも、英語が100倍堪能だ。情けないが、わからないところは聞き直し、なんやかんや。本当に、商売でない普通の人のこころは優しく、裏がない。なんて幸せなことだろうとおもう。いろいろインドの人も考えることもあろうが、くったくがなくて、話していて、幸せにある。とっつきやすいし。別れをつげて、宿に着く。あと、数えたら400ルピーしかない。明日はこれで生活するしかない。(カードでの支払いがなければ無一文だった)宿に着くと、一尊と倉林も帰っていたところで、倉林はまだ具合が悪そうなので、寝るという。一尊と、「下のレストランで、酒か、コーヒーでも飲もうか、、」といい、ホテルのレストランで、一尊と伴瀬はインドのビール「キングフィッシャー」を頼み、僕はラッシーを頼む。ラッシーはシュガーとソルトがあったが、(ソルトも気になったが、無難に)シュガーにしておき、かなり美味しく飲む。一尊は、14年で衰退した、城の話をしてくれて、とても楽しかった。ドラクエの城だったよと教えてくれる。そこから、マラソンランナーの話になり、なんやかんやクイズ大会をして、3択問題となり、昔僕が住んでいた三鷹駅近くに鉄道があった話、いろんな話をしていたら、すっかりここがインドであることを忘れた。つい「お会計お願いしマーース」と言いそうになった。まだ、インドに慣れていないのだな。インドが普通になっていないな。と思いながら、バーから外に出た。これは、僕らの今まで日本で「あーでもないこーでもない」と話してきた感覚が日本で話しているという感覚を呼び覚まさせることと、感触とで、自分が今いる場所をぶっ飛ばしてしまう効果があると思った。人間の持つ感覚と習慣はなかなか強いものがある。なんやかんや話してたら、僕も酒飲んでいないのに、上機嫌となり、ようやく平衡感覚が持てるような気になった。スーパーサイヤ人に戻ったような感じだ。一尊と伴瀬と(そのとき倉林はいなかったけど)の前で、スーパーサイヤ人になれる感覚。信頼し合える感覚は、ここ数年バンドを続けていて、あんまりなかったな、、とか思ったりした。みんな、ギリギリだったんだよな。いや、僕が、ギリギリで、時間を有効に使えなかったこと、忙しすぎて、相手の気持ちを全然噛みしめられなかったんだな、、、と思ったりした。こういう平衡感覚を手に入れるのには時間がかかる。うまく歯車が回っていくような感じは、神様がチャンスとして与えてくれるのだろうか。このインドで。ホライズンとしての僕の位置、僕の能力、僕の推進力、とかそんなことを思いながら、こういうのが続けば、ホライズンはインドに来てなかったんだよな・・・と思ったりした。まあ、しょうがない。僕は、何かを気にしていたし、何かできなくなっていた。しかし、もともと、伴瀬と一尊と倉林のような僕の気持ちを汲んでくれたり、センスの近いところで一緒に戦ってくれる数少ない友人だったのだ。彼らがいるから僕が、出て来る・・・そんなことを思いながら、外に出て、タバコを吸って、おなら芸をやり、大爆笑させ、ホテルの近くによってきたリキーシャの人と、外で、待機してたボーイと、やんややんや騒ぎながら、「ようやく、、なんかできそうなんだな、、、」という共にある信頼関係のようなものを見た気がした。気のせいだろうか、、。常にこの状態でいれればいいのに、常にスーパーサイヤ人でいることを持続すること。これができれば良いのに、、と思った。伴瀬は僕の平衡感覚の一部であり、発射台の一部なのである。そんなことを思いながら、「あ。俺はインドに今いるんだった。明日帰るんだな・・・」と淋しく思った。これからどうなるのかわからないが。こういうことの繰り返しで、思い出したり、していくんだと思った。この旅は僕にとって、ホライズンというよりは、他の3人のことを思う旅だったような気がする。とはいえ、時はたっている。いろんなことを共に経験してきた。いいこともわるいことも。ホテルに帰って、インドの写真を送ろうとするが、WiFiが繋がらなくて、あきらめてこの文章を書いている。あとは、きっちりケリをつけたい。ホライズンがどうなるにしても、と思う。おやすみなさい。
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by horaizunyt2 | 2015-12-01 09:31 | インド日誌2015
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