地平線と山が重なりあう日

URCのこと。

とても個人的なことになるが、個人的に、ぴくりと心が反応する単語がある。好きなミュージシャンとか、お笑い芸人とか、作家とか、哲学者とか、アイドルとか、友達とか、いろいろあると思うのですが、その中で、「URC」という単語には、ついぴくりとしてしまう。コーヒーのメーカーではない。

大学生の頃、多分、曽我部さんとかが、「僕はこんなのを聴いていました」的なコーナーがビレッジバンガードとかにあって、「はっぴいえんど」とかが紹介されていたのを目にした。サニーデイサービスを買う勇気がなかった僕は、そこから、昔にさかのぼる方法に出た。そこから、URCという存在を知り、レコードを探しに行っていたことがある。高田渡、遠藤賢司、加川良、金延幸子、安く見つけては買っていた。サニーデイサービスのアルバムを自分の部屋に置く勇気がなかった僕は、URCを知り、その周辺のものは買っていった。しかし、URCのものがどれくらいあるのか、全然知らなかった。しかし、いつからかURCのものは、一目置くようになってきた。レーベル名に興味を持ったのは、URCくらいだろう。その時は、今程ネットは盛んでなかったし、、というか、パソコンにインターネットはつながっていなかったから、調べるのも、微々たる情報からであった。
出会う方法は、ただ、レコード屋さんにいって、何か入荷されているのを探すという感じで。

今考えると、馬鹿らしいかもしれないが、非効率なやり方で購入していった。ただ、何が効率的なのかは、わからない。自分の好きな物なんて、何かよくわからないのだから。多分、暇だったんですね。猛烈に時間のあった大学時代、レコード店に行って安いレコードを買うという時間の使い方をしていた。それが良かったんだと思うし、変なものに出会える確率も、多かったし、失敗もたくさんした。ジャケ買いをよくした。そのかわり、300円くらいで、ダイヤモンドを見つけたといなんて、僕なりの当たりに当たったときはとても嬉しかった。逆に、すごく悩んで(資金的に)買って、失敗することもある。その辺のスリルがまた好きである。なんだこれ?と思って聴いているうちに、それは、好きになってきたりしたものもあるし、時間が経って解釈が変わったものもある。幅が広がったのか、どうかはわからないが、背伸びをしていた。今もしている。わからないものを知りたいという気持ちはずっと前からあった。知らないものを知りたい気持ち。とはいえ、やっぱり、人の好みなんてわからないし、実際誰かの好みなんて、どうでもいいことのように思う。自分にとって、出会いが好みと人生を決めていきます。

ふと考えてみると、好きなものに出会うやり方はいろいろあると思う。直接的なのは、好きな人が聴いている音楽だから聴くというわかりやすい方法ではないだろうか。恋人が、家で流している音楽とか。僕は、恋人に音楽をかけさせなかったが、、というのも僕は「恋人がかけているのを聴く」という図が嫌だった。ま。それこそ、どうでもいいが。「それは自分の家で聴け。これを聴け!」と自分で変えていた。尖っていたんですな。しかし、聴いているうちに認めてしまう時がある。以前、引っ越しを、東京から和歌山まで手伝ったときに、初めてあう一緒に引っ越しを手伝う先輩が、KAN(愛は勝つ)のアルバムを何度もかけて、「まゆみ」という曲いいよな〜。と何度も聴かされて、強制的に歌わされたという嫌な思い出がある。KAN自体は嫌いとは言わないが、何度も「まゆみ」を歌わされて本当に嫌な空気になってしまった。途中から、もうおもいっきり歌いましたけど。なんでKAN好きなんですか?とその先輩に聴いたら「前に付き合っていた彼女が好きなんだよね」と返ってきた。なんてしょうもないやつだと思ったが、高速道路の上で、免許をもっていない僕は、大好きな引っ越しをする別の先輩との空気を壊さないためにも一生懸命歌った。あとは、富山で、これまた友人の家に遊びにいった時、友人の親父さんに。スナックに連れて行かれて、スナックにいた、ふとっちょのおねえさんに、hide(Xの人)の、なんとかスパイダーという曲を歌って、とリクエストされて、一生懸命歌った思い出もある。あのふとっちょのおねえさんと付き合ったりしたら、毎日hideが流れていたんだろうか?と思うと、やっぱり別れるだろうな、とは思う。hideは嫌いとかそういうことじゃなくて。ま。聴かなかったけど。

また話がそれてしまった。限られた資金の中で、購入するからなおさら限られてくる。中古になると入荷されてきた順番であったり、何を何枚買って、一番のお気に入りがどれになるのかによっても違う。自分自身の精神状態によっても、違うし、出会いはかなり限られている。といっても、ほとんど気分で聴いていたから、そこまで考えていないのが事実だろう。その中から紹介から入るものがある。人がいいと推しているものとか、好きな人が聴いているものとか、ミュージックなんとかマガジンで紹介されたものとか、何でもいいと思うのだが。

しかし僕の資質からして、あんまり推されてるものは、聞く気にならない。これがサニーデイサービスとか、くるりとかを聴けなかった理由だ。というか、恥ずかしい感じがする。流行に乗っかる感じで。話題になっていること、それ自体を、知らないで出会えばよいのだが、知ってしまうと、流行で買ったのだと思われてしまい(誰が思うのはさておき、多分自分が思うんだろう)、一歩引いてしまうところがある。ましてや、あんまり好きじゃない人が「これいいよ」とか言っていると、もう買うのが恥ずかしくなってしまう。だから王道はなかなか、リアルタイムで聞けない性質をもっている。「なんなんだろうか、、」と思ってしまうのだが。みんなが「これ、いい!これ、いい!」と言っていると気恥ずかしさがでてしまう。違う路線に入ってしまう。どうも草の根をわけて、横道にそれて、聴くのが好きなんです。それでも聴きたいものはこっそり一人で聴いていたという。本当にめんどくさい性格なんです。

だから、自分バンドで、実際にやるときPOPとか、銘打ってやろうとすると、本当に大変だ。売れるから、こうしようとか、売れるためにこうしようとか、そういうのがうまくできない。「あ。妥協した」と思うと、本当に嫌になる。ま。ないんですけど。ま。売れないんだけど。やっぱり自分が、バンドなので、自分たちがいいと思っていることを、思っているものをやらなきゃならんのだと思う。それしか方法はないのか、、という訳ではないが、最初の初期衝動はそうだと思う。とにかくびっくりする音楽がつくりたい。

逆の立場で言うと、僕は、好きな音楽とか、映画とか、あんまり言いたくない。自分がバレてしまう気がする。とっても小さな男なのだ。好きな、自分が積み上げてきた大地を見せたくないし、こっそり好きな人を心に留めておく感じにいつもしている。酒を呑んだりすると、「実は、、僕は、これが好きなんです。」とか言ってしまうが、ま。なかなか言えない。なんにしても、好きな人を、だれかの言葉で踏み荒らされたくないし、だからこそ、踏み荒らしたくないという弱さを持っている。ビートルズとか強度がありそうだから、好きですと言ってしまうが、本当の本当は、くねくねぐにゃぐにゃしている。心の中で、「だっせーな(尾崎)」とか思いながら。でも、話をすると、「だっせーな」と思っているものは、実は、これまた偏見で、よく聴くと、だせーなと思うもの程、求心力があったり、そこに入ったら出て行けないような呪術をもっているような気がする。売れているものは、そういう力がある。もう好きになったらとまらないのだ。ださかろうが。長渕が体を鍛えようが。この辺の話は、フジサンロクフェスのときに、コボリさんと、ミノダさんと熱く話したのを覚えている。あと、恋人に、山下達郎を聴かせて「いいね」と言わせようとしていた時、「やめて!」とCDをトレイから出された。「どうしたの?」と聴くと、「喫茶店でバイトしていた時、オーナーがセクハラまがいのことしてきて、そのオーナーが好きでよく山下達郎が流れていたの」と、言われて、なるほど。と思った。山下達郎に罪はないが、オーナーが悪い。ま。おとこならしょうがないね。しかし、音楽は、そのときの感情を思い出させるものである。またまた、大分話が脱線した。



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URCは、「アングラレコードクラブ」のこととらしい。

ちょうど、先日、円盤のスケジュールを見ていたら「URCのオリジナル盤を観る、聴く、触る」なるイベントを発見した。これは行かなければと思い、こっそり行った。だれか知り合いに会うのでは、とおそるおそる行ったものだが、少人数ではあったが知っている顔が2人いた。あとは、知っている顔がちらほらと。

田口さんと、松井一平さん、福田教雄さんの話で、実際に、時代をともなって聴いてくというやり方で会は進んでいった。URCレコードは、69年から始まって、77年には終わってしまうんだけど、最初は、会員制で、会員になった人が、2000円を払うと、2ヶ月に一度、アルバム(LP)一枚と、シングル(SP、10インチとか12インチ)2枚が送られてくる仕組み。(年5回で、1年通してだと1万円)だったそうだ。しかし、予想を上回る会員数で、一年後には、運営できなくなり、契約店のみの市販に切り替えたという話。

URCのこと、ざっくり話すのかと思えば、出た順に1枚1枚聴いていったので、3時間弱の会で、半年しか進まなかった。これは終わるのはいつになるんだろう、、、。しかし、濃厚でした。この会合、歴史をもって進むので、そのときの状況や、時代や、プロデューサーの秦さんが何をやろうとしていたか、会員数が増えていくに連れて方向性が少しずつ変わってきた変遷など、知ることができて、とても面白かった。時代をともに、レコードが届いて聴く、というところまで共有できた感じがあった。
実際に紙質とか触りながら進んでいくんだけど、実際の中古のレコードだから、スプリット(A面とB面が違う人)の場合、岡林の面は鬼のように聴かれていて、ノイズがすごい入っていたのに対し、休みの国の盤面は、すごく状態がよく、あまり聴かれていなかったりと、盤にのこっている歴史が、また臨場感を駆り立てた。今聴くと、「休みの国」はとても良く、頭に響いたが。やっぱりレコードっていいなと思った。レコードは聴いた分だけ、ブチブチって、ノイズが入っていく。面白いなぁと思った。僕が中古で購入したノイズが入っているこのレコード達は、前の人に大分聴かれていたんだな。ふむふむ。当たり前だが、そういうことも知った。URCが大きくなってきて、会員達に送るのが大変になってきたこと、録音物にお金が、かけられるようになって、音質が良くなってきたこと、デザイナーがきっちりいいデザインをしていったこと、大手が、ミュージシャンを引き抜いていき、URCがすっからかんになってしまったこと。そんなことを聴きながら会は進んでいって、見に来た人の素朴な質問にも答えながら、そこにいる人たちで、想像して時代をおっていった。あの黎明期がなんとも素敵でした。こういう会合は、友達の家に集まる感じで面白かった。
「本当にすごい詳しい人(コレクターとか)がきたら、面倒くさいですね」そこは、ちがう、こうこうこうで、歴史がこうなって、と細かいところをつつかれてしまうため。と田口さんに聞くと、「そこは、無視する(笑)」と返答がかえってきました。最後に岡林の「私を断罪せよ」を聴いて、次回は、みなさん、スケジュールは大丈夫ですか〜?とみんなでスケジュール帳を出して、第2回を決めていく感じ。面白いなと思った。
みなさんもURCに興味があったら是非。円盤のスケジュールをみてみては。ちなみに69年の、「高田渡/五つの赤い風船」からはじまって、69年8月、岡林「私を断罪せよ」で終わりました。次回は、69年の10月からだと思います。しかし岡林のアルバムはすごく力があったな。僕は加川良が好きで行ったのに、全然出てこなかった。
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by horaizunyt2 | 2012-10-05 12:23 | くろおか
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