地平線と山が重なりあう日

歌詞についてかんがえていること

「歌詞についてかんがえていること」といえば、適当でもない、不可解にしようと思っているのでもない、とはいえ、でてきたものをそのまま持ってきているというダケだ。でてきたもの、生まれてきたもの。それは本当にどこから出たのかわからないもの。どこから出たのかわかる歌詞(どこかからか影響されて出ているとすぐわかる歌詞は、ボツになります)

昔かってに言葉がどんどん出てきた。それを持ってかえって、歌っていたりすると、伴瀬が「いいね〜」という。それにメロディーをつける。作り方は本当にさまざまであるが、その流れるような言葉にすべてを込めている。あとは。大事にしていることがある。僕じゃないところから出てきたということばだ。そういうことばは、僕を、フィルターを通らないでも出てくる。それが良いのだ。僕に言わせれば、全人類的だし、普遍的だし、僕の言葉じゃないし、だけどそれがホライズンの言葉であり歌詞であるのだと思っている。
とはいえ、コトバにすると嘘っぱちだし、何がとんでくるかわからない流れ弾なのだ。自由な。ある流れだけ尊重しているという、、そんな言葉しか言えない。

それが成功している部分はそれほどあるか?といえば、それほどない。
僕のかく歌詞は結構失敗している、だけど、あたたまってきたホライズンの中なら、またその帝王黒岡が出てくると思うし、それを出すように、生活を持って行っている。というかひょんなことから歌詞が出ると言うことがぼくの最大のエクスタシーであり喜びなのであります。いいメロディーは他の3人がつけてくれるから。僕も多少できるが、ほんの微量だ。その辺は別のところで出している。ホライズン程ハードルの高いバンドには、なかなかそれにみあうものをつくるのは難しい。他の3人がメロディーを持ってきてくれるだろう。どこからか。
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by horaizunyt2 | 2012-03-21 10:47 | くろおか
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