地平線と山が重なりあう日

信頼

音楽をするに当たってあまり関係ないと思われがちであるが、人間なので「信頼」というのが、人と関わる点に置いてとても必要だ。

以前、友人から「ビデオを勝手にまわされてyoutubeにアップされて腹がたった。twitterに写真を勝手にアップして腹が立った。」という話を聞いていたが、「あんまり僕はそんなことは思わないな〜」と思っていた。しかし最近思う事件があった。これには腹が立った。何かとは言わないけども、「この人考えずにこれあげてんだろうな〜〜」という感じだ。「考えずに」というのはちょっと何なので、「安易に」と言った方が良いかもしれない。絶対わかる。「安易だろ!」っていう。

しかし、いろんな人がいる。好意もある。悪意もある。それ以外の思惑もある。なんも考えていない人もいる。考えている人もいる。そこは僕はあまり言及できる力を持っていないが、「安易に」やられると「むかっ」くる。僕も「安易に」やっていないだろうか?「安易」なことを言っていないだろうか?「安易」な行動はしていないだろうか?ある人からみると「安易」かもしれない。しかしそれはしょうがない。自分のモノサシで「安易かどうか」と決めなければならない。なので、僕のモノサシで「安易だろ!」とおもったことも、やっている人からすれば「安易ではない!」と言われるかもしれない。それが一体どこから出てくる言葉かわからぬが。だから私も「安易なこと」、やっていませんとは言い切れない。

とはいえ、みんながみんな、かりかりカリカリしているのも好きじゃない。犯人探しのような。「あー勝手にアップしてるー!ジャイアンに言いつけてやろう!」とかいうのもいいのか、悪いのか?ある程度の自由はありつつ、「思いやり」があるといいのだとは思うが、やっぱり何とも言えない。自分以外のことにはノータッチ!責任持てません!というのがやっぱり落ち着く場所なのでは、、、と思ったりする。とはいえ、「とんちんかんな思いやり」がこの世には溢れていることを知っている。「思いやり」を一生持てない人がいることも知っている。まさか自分が「思いやり」を持てない人だとは気づいていない人も何人かいる。「思いやり」につぶされて、何を言っているのかよくわからない人もいる。「思いやり」かー。

テレビドラマ「とんぼ」のひと場面
「インディアンが一本持っているのは軽い槍です。その反対は何だ?」「その反対はなんだ?言ってみろ?」「重い槍です」「もう一度」「重い槍です」「みんなで」「重い槍です」「はい。日夜、それだけを勉強しろ。世の中、他人がいること忘れんじゃねーぞ」

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明日は「センス」についての小話を
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by horaizunyt2 | 2012-02-20 00:01 | くろおか
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